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東京地方裁判所 昭和45年(行ウ)28号 判決

原告 下野順一郎

被告 中野刑務所長

訴訟代理人 小川英長 外七名

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立て

(原告)

「被告が原告に対してした左記接見不許可処分を取り消す。

左記

但野俊雄との昭和四五年一月二三日午後二時四八分以降の、同年二月一〇日午後二時一二分以降のおよび同月一二日の各接見不許可処分

里中克彦との昭和四五年一月二三日および同年二月一〇日の各接見不許可処分

但野俊雄および里中克彦との平日午後三時以降および日曜祭日の各接見不許可処分。

訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

(被告)

本案前の申立て

主文と同旨の判決

本案の申立て

「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二、原告の請求原因

原告は、立川解放斗争救援会の一員で、いわゆる佐藤首相訪米阻止斗争によつて逮捕され、昭和四四年一二月一七日から中野刑務所に勾留されている被告人但野俊雄および里中克彦の救対活動を行なつている者であるが、被告は、一回の面会時間は五分間以内、面会希望者が一日に面会できる被告人は一名、被告人が一日に面会できる面会希望者は一名又はその回数は一回に限り、平日午後三時以降および日曜祭日の面会は許可しない旨の接見に関する制限規準を定め、これを根拠として、(1) 原告が但野と昭和四五年一月二三日午後二時四三分から面会した際、二時四八分以降の接見を許さず、同年二月一〇日午後二時七分から面会した際も、二時一二分以降の接見を許さず、(2) 昭和四五年二月一二日但野が当日すでに他の者と面会しているとの理由で、また、昭和四五年一月二三日および同年二月一〇日里中が当日他の面会希望者と面会しているとの理由で、いずれも、原告の接見を許さず、(3) さらに、中野刑務所内面会人待合室に前記接見に関する制限規準を記載した文書を掲示して原告と但野および里中との平日午後三時以降および日曜祭日の面会を禁止している。

しかし、接見は、人間性の本質に根ざす根源的なものであつて、憲法二一条の保障する表現の自由に含まれており、憲法三一条、刑訴法八〇条、監獄法四五条一項、五〇条、同法施行規則一二〇条ないし一二八条も、明らかに、接見を求める権利を面会希望者と在監者の双方に認めているのであるから、前記接見に関する制限基準は、これらの法条に違背し、かつ、行刑局長通達「監獄法運用ノ基本方針ニ関スル件」(昭和二一年刑政甲一)および「窓口の改善について」(昭和二二年行甲一二一八)にも違反して無効であるというべきである。

なお、本件訴えは、右規準の効力を争う意味において申請に係る各接見の日時が経過した今日においても、訴えの利益を失うものではない。

第二、被告の答弁

(本案前の抗弁)

被告が昭和四五年二月一二日原告の但野俊雄との接見および同年一月二三日と同年二月一〇日原告の里中克彦との接見を許さなかつた事実はなく、また、被告が面会人待合室に接見に関する制限規準を記載した文書を掲示したからといつて、原告に対する具体的な接見禁止処分があつたものとなしえないことはいうまでもない。そればかりでなく、もともと、刑務所長が行なう接見の許可、不許可は、在監者に対する処分であつて、原告のごとき一般第三者が在監者と接見することができるのは、在監者に対する許可処分の反射的効果にすぎず、したがつて、一般第三者は、直接刑務所長に対して接見の許可を求める権利を有しないのは、もとより、たとえ、判決によつて、右各不許可処分なるものが取り消されたとしても、過去にさかのぼつて原告の接見可能の法的状態が作出されるわけではなく、本件訴えは、右いずれの点からみても、不適法たるをまぬかれない。

(本案の答弁)

原告主張の請求原因事実中、被告が昭和四五年二月一二日原告の但野俊雄との接見および同年一月二三日と同年二月一〇日原告の里中克彦との接見を許さなかつたことは否認、その余の事実は認める。

そもそも、刑務所長が営造物管理権に基づいて在監者および在監者との接見希望者に対して必要な制限を加えうることは、いうまでもないところであるが、中野刑務所においては、いわゆる東大事件などにより多数の被告人を収容し、接見件数が従前の三、四倍に激情するにいたつたところから、限られた人的、物的設備をもつてできるだけ多くの者に接見の機会を均等に与えるため、原告主張のごとき接見に関する制限規準を設けたのであつて、該規準は、もとより、必要かつ合理的なものというべきである。

第四、証拠関係〈省略〉

理由

およそ、刑務所長が刑務所内の面会人待合室に接見に関する制限規準を記載した文書を掲示することは、接見希望者に対し、接見の許可申請又は接見にあたつて守るべき一般的基準を明示し、これに反する条件の許可申請又は接見を許さないことがある旨を予め注意するにとどまるものであるから、たとえ、接見希望者が右規準に反する条件の接見許可申請をする意思であり、刑務所長においては右規準に反する接見を一切禁止する方針をとつていたとしても、まだ具体的な許可申請手続のなされていない段階においては、単に接見に関する制限規準を記載した文書が掲載されていたという一事のみをとらえて、当該接見希望者に対して右規準に反する条件の接見を許さない具体的行為があつたものとなしえないことはいうまでもない。したがつて、平日午後三時以降および日曜祭日の各接見不許可処分の取消しを求める訴えは、その対象を欠く故に不適法たるをまぬかれない。

また、被告は、原告主張の各日時における原告の但野俊雄および里中克彦との接見を許可しなかつただけであつて、原告に対し将来にわたりこれらの者との接見を禁じたものでないこと弁論の全趣旨によつて明らかである。したがつて、本件訴えは、要するに被告が原告の各主張日時における接見を許可しなかつたことが違法であるのでその取消しを求めるというものであると解すべきである。

ところが、接見は、期日、日時を特定して行なわれるものであるから、その許可又は不許可の効力は、当該日時の経過によつて当然消滅するものというべきである。したがつて、仮りに原告主張のように訴訟によつて被告の前記各接見不許可行為を取り消してみても、原告が過去にさかのぼつて接見できる法的状態が作出されるわけではない。もつとも、原告は、本訴の請求原因として前記接見に関する制限基準の違法を攻撃しているけれども、被告の各不許可行為の取消しが原告の法的地位に対して何らの影響をも与えないことが明らかとなつた以上、取消判決の既判力はもとよりその拘束力も、当該行政処分に関する限度において生ずるにとどまるのであるから、たとえ将来同様の理由で同旨の行為が繰り返えされることがあるとしても、本訴においてすでに過去のものに帰した各不許可行為の理由のみについて審理判断することは、許されないものというべきである。

されば、本件その余の訴えは、原告に対する接見の不許可が抗告訴訟の対象としての行政処分に該当するかどうか等について判断を加わえるまでもなく、訴えの利益を欠く点において不適法たること明らかである。

よつて、本件訴えは、いずれも、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡部吉隆 園部逸夫 竹田穣)

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